低侵襲手術の特徴は小さな傷で手術を行うので、美容面で優れ、回復が早いということです。代表的な方法は、図1Aに示す右小開胸手術です。切開は右乳頭からわき腹にかけて5-8cm程度です。一方、心臓手術の古典的な方法は胸骨正中切開といい、図1Bのように胸の真ん中を15-25cm程度切開します。両者の違いがよく分かると思います。低侵襲手術には胸骨部分切開という方法もあり、表1のように分類できます。
図1 低侵襲手術である(A)右小開胸と(B)胸骨正中切開の創部
(A)右小開胸(B)胸骨正中切開
表1 低侵襲手術の種類
低侵襲手術 |
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A. 右小開胸 |
B. 胸骨部分切開 |
表2のような利点を有する低侵襲手術ですが、いくつか注意点があります。一つ目は、手術操作を小さな傷から行うため、手術時間が長くなるという点です。つまり、1つの弁のみを扱うような短時間手術には向いていますが、3つの弁を同時に扱うような長時間手術には向いていません。また、創部は肋間神経と近いため、痛みが強くでる患者さんもまれにいます。必要に応じて鎮痛剤によるコントロールが必要となります。
低侵襲手術特有の合併症にも注意が必要です。脳梗塞、大動脈解離、下肢の血流不全、呼吸障害などが代表的で重篤な合併症です。これらの合併症が起きないようにするためには、安全に手術ができる患者さんを選択することが大切です。
表2 低侵襲心臓弁膜症手術の利点と欠点
利点 |
注意点 |
小さな創 |
手術時間延長 |
早期回復・社会復帰 |
痛みが強く出ることがある |
出血量が少ない |
合併症* |
術後不整脈が少ない |
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*脳梗塞、大動脈解離、下肢の血流不全、呼吸障害(再膨張性肺障害)など
表3に主な対象疾患を示します。大動脈弁、僧帽弁、そして、三尖弁の弁膜症の方が手術対象です。なお、患者さんの中には心房細動を併発している方もおられますが、手術では不整脈治療(メイズ手術)も同時に施行することができます。
図2には、右小開胸による弁置換と形成術の一コマを示しました。
表3 対象疾患と術式
主な対象疾患 |
大動脈弁狭窄症・閉鎖不全症 |
僧帽弁狭窄症・閉鎖不全症 |
三尖弁閉鎖不全症 |
*メイズ手術 |
*弁膜症手術時に同時施行可能
図2 弁置換術と弁形成
(A) 弁置換(僧帽弁・機械弁)(B)弁形成(僧帽弁)
低侵襲手術を安全に行うためには、「適切な患者選択」が大切であることを先に述べました。いくつか事例を挙げて説明します。
まず、胸部大動脈瘤や腹部大動脈瘤(図3A)を有している患者さんは、原則、低侵襲手術には向いていません。手術時に下肢から全身に血液を送るため、脳梗塞を発症する危険性が高いのが理由です。間質性肺炎(図3B)や高度の肺気腫といった呼吸器疾患を有する方は、呼吸不全を生じるリスクがあり、胸骨正中切開での手術をお勧めします。また、閉塞性動脈硬化症を有する患者さんでは、下肢の血流不全に注意した管理が必要です。
現在、患者さんごとに手術のリスク評価は可能となっています。弁膜症手術を受けられる方は、担当医とよく相談して、手術方法を選択することを推奨します。
図3 低侵襲手術ではなく胸骨正中切開による手術が望ましい例
(A)粥腫(塞栓源)を伴う胸部大動脈瘤(B)間質性肺炎
高齢者でも低侵襲手術は可能です。ただし、動脈瘤や閉塞性動脈硬化症といった動脈硬化性病変の有無を手術前にしっかり評価しておく必要があります。
各都道府県別の日本低侵襲心臓手術学会の会員施設一覧(施設ホームページはこちらから)
低侵襲心臓弁膜症手術に関する専門的なテキストブックとしては、日本低侵襲心臓手術学会が監修・作成した、「低侵襲心臓手術の基礎と実践」(南江堂)があります(図4)。
図4 「低侵襲心臓手術の基礎と実践」(南江堂)